崔書生
崔書生
崔は長安の永楽里という処に住んでいた。博陵の生れで渭南に別荘を持っていた。貞元年中のこと、清明の時分、渭南の別荘へ帰って往ったが、ある日、昭応という処まで往くと陽が暮れてしまった。
崔と女と貴婦人の三人が酒を飲んでいた。と、何処かで幽な物の音がしはじめた。女も貴婦人も顔の色を変えた。同時に家の中が騒がしくなった。
「賊が来た、賊が来た」 女が立ってきて崔の手を掴んだ。
「どうか、あっちへ往って、隠れてください」 崔は女に伴れられて室を出て往った。
女がいそがしそうに小さな門を開けた。崔は門を出て後を見た。女の姿も見えなければ出たと思った門もなかった。崔は驚いて眼を瞠った。自個は微暗い穴の中に寝ていたがそこには草が生えていた。
崔は驚いて起きて穴の中を出た。外は林で椿のような花が淋しく咲いていた。崔は足の向くままに歩いて往った。一人の男が鍬を持って土の盛りあがった処を掘っていた。それは自個の僕であった。僕は喜んで鍬の手を止めた。
「おお、旦那様か、貴君は一体どうなさいました」 崔は自個のことが自個で判らなかった。
「旦那様が、ここへ来て急に見えなくなりましたから、不思議に思って、ここを掘ってるところでございます」 そこは大きな塚穴の口であった。
崔と僕はその塚穴を掘ってみた。中に石があってそれに刻んだ文字があった。
「後周趙王の女玉姨の墓、平生王氏の外甥を憐重す、外甥先だって歿す、後、外甥と同じに葬らしむ」
中には二つの棺があった。一つの棺を開けると、白骨の中に交って崔の持っていた紅箱が五つ六つ入っていた。崔は驚いて自個の帯を見た。帯には玉の指環が二つあった。